はじめてのお年玉はがき、特等賞品は ミシン! 郵便はじめて資料館

はじめてのお年玉はがき、特等賞品は ミシン!

■お年玉年賀はがき賞品の移り変わり
昭和25年(1950年)に発行されたはじめてのお年玉付年賀はがきの特等賞品は「ミシン」でした。
当時の「ミシン」は、会社員の初任給が3千円〜4千円という時に1万8千円という高価な物でした。

1等が「純毛洋服地」、 2等「学童用グローブ」、 3等「学童用コーモリ傘」、 4等「はがき入れ」、 5等「便せん封筒組合せ」、 6等「切手シート」 (2円×5枚)でした。


昭和30年代の特等は、電気洗濯機やタンス、8ミリ撮影機など

昭和40年代の1等(41年から特等がなくなりました)は、ポータブルテレビや8ミリ撮影機映写機セット、折りたたみ式自転車、ラジオ付きカセットテープレコーダーなど

昭和50年代、60年代は、折りたたみ自転車、コンパクトカメラ、カラーテレビ、電子レンジ、カメラ一体型ビデオなど

平成時代に入ると、海外旅行券、衛星放送受信回路内蔵型AVテレビ、液晶モニター付ビデオカメラ、電動駆動補助力付自転車、乾燥付洗濯機、デジタルビデオカメラ、カーナビゲーション、ノートパソコン、ホームシアターセットなど

このようにお年玉年賀はがきの賞品の移り変わりが、よくその時代を反映していることがわかります。




■年賀はがき寄附金のゆくえ
昭和24年(1949年)に発売された寄附金付き年賀はがきの寄付金は、中央共同募金委員会と日本赤十字募金委員会に贈られ、戦争で両親を亡くした子供達の施設や、死亡率が高かった結核撲滅などに大きく貢献しました。

最近では、高齢化社会を反映して、お年寄りの方々の施設充実のためなどの社会福祉や、特殊疾病の研究、原爆治療、交通事故防止、文化財の保護、がん検査・胃検診の車両、社会教育、スポーツ振興、地球環境保全等々の事業に寄附金の一部が使用されています。また、地震や水害時の救援物資にも使われています。
現在では、年賀寄附金の配分を希望する団体を公募し、300余団体に10数億円が配分されています。

絵入り年賀葉書の発行
昭和57年(1982年)11月5日に初めての絵入り年賀葉書が3種類発行されました。
翌昭和58年(1983年)からは、「全国版」と、発売地域が特定され郷土画家が描いた地方色豊かな「地方版」が発行されました。
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